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2009年7月

アベフトシ

元ミッシェルのアベさんがなくなった。

2009年7月22日、皆既日食の日。

まだ43歳らしい。

びっくりして、悲しかった。

友だちにメールして、mixiに日記を書いて、帰ってビールを飲んだ。

ごはんも食べず、何もせず、youtubeを見た。

まだ涙は出なかった。

でも、「アベさんが死んだ」って口に出した途端、涙が出てきた。

会ったこともない人が死んで、

こんなに悲しくなったり泣いたりしたのははじめてだ。

会いたかった。

もうミッシェルは見れなくなってしまった。

「太陽をつかんでしまった男は

ライオンのついたプールで死んでた」

って歌詞がある。

太陽をつかんだのはアベさんだったんだ。

と思ったり。

「骨になってもハートは残るぜ」

って歌詞に妙に納得したり。

アベさんが死んで、悲しい。

もうミッシェルは見られない。

だから今、書いておきます。

ミッシェルとの出会い、それまで、それから、今までを。

小4、THE BOOMの島唄にはまって、はじめて音楽が好きになった。

小5、ミスチル全盛期。めちゃめちゃファンに。

ラジオリスナーだったので、アルバムだしててよくかかってたのをきかっけに、レッチリとか好きになる。なぜかフリマでメタリカも購入w

これをきっかけに洋楽に興味を持ち、家にあったビートルズやビリージョエル、ボブマーレイのCDを父からパクる。

中1、父が借りてきたエアロスミスのアルバム「NINE LIVES」をきっかけに、はまる。

とくに、「Taste of India」ってインドっぽい曲がツボすぎた。(こちらをきかっけにこっちの民族系に興味を持つ→今でも続く)

中2、オーストラリアに留学中、あんまりしゃべれないのでMTVがお友だちに。

(ちょうどオフスプのギミトゥミベイベーアハアハってやつが流行ってた)

その年の年賀状はマリリンマンソンw

中3、神戸ローカルのサンテレビで深夜やってた「KOBE CALLING」という番組(大久保かれんさんMC)をめちゃめちゃ見てて、その中でミッシェルに出会う。(やっと本題)

中3だからこれは1999年か2000年。

ライブ映像で、「深く潜れ」という曲をやってた。

単純な歌詞、重めの音楽、しつこいぐらいの、でも絶妙なタメ、青い照明、硬派な見た目。

この全部に深く惹きつけられて、画面に食いついた。

thee michelle gun elephant

難しいから、何回も書いて練習した。

パソコンもなかったから、KOBE CALLINGと他の深夜番組の情報だけを頼りに、

録画した映像を見まくった。

その年、GT400という曲がリリースされたので、番組でプロモがよくかかってた。

ブームよりも、ミスチルよりも、エアロスミスよりも大好きになったバンド。

でも、誰にも分かってもらえなかった。誰も知らなかった。

高1、会う人会う人に、ミッシェル好き!?と聞いて回った。

入学2日目、相生からのバス停で、同じクラスらしき子といっしょになった。

挨拶をして、ミッシェル好き!?と聞いた。

「お、おう、まあまあかな」とかだったか何だったか、はじめて知ってる人に会った。

それが、今でも仲いいメンバーのひとり、直樹。

高校卒業するまで、やっぱり直樹ひとりしかミッシェルのことを分かってくれなくて寂しかった。けどうれしかった!知ってる人がひとりでもいて。

一回、先輩がかけたんだろう。お昼の放送でミッシェルがかかった。

イスを重ねて登って、天井近くにあるスピーカーにがっついた。

それぐらい好きだった。

直樹もバンドをしてた。そのころの彼氏もバンドをしてた。

そういう地元のライブはめちゃめちゃいってたけど、

なぜかミッシェルのライブに行くという発想がなかった。

一緒に行ってくれる子がいなかったから。

赤穂から神戸とか大阪までライブに行くっていうのに現実味がなかったから。

ばかか私は。

2003年、大学生になった。

軽音部などもあって、当然音楽が好きな子もいる。

その中で、同じクラスで、ミッシェルが大好きって子がいた。

(まさのぶ。今はどうしてるのか。)

いっしょにライブに行こう!てか行って!って話をしてた。

そしたら、次のライブで解散だって。

チケットはとれなかった。

まさのぶは、地元の友だちがとってくれたチケットでラストライブに行った。

私は、ダメだった。最後のチャンスを逃した。めちゃめちゃ後悔した。

まだ1年だったか、2年になったころか、

ボーカルのチバさんが新しいく組んだバンドが本格的に始動した。

ROSSO。

絶対ライブ行く!一人でも行く!と、初めて三ノ宮のチキンジョージに行った。

初めてみるチバさん。かっこよかった。

ミッシェルみたかった…って思った。

結局、ROSSOのライブは合計2回?ぐらい行った。

2006年、チバさんがThe Birthdayを結成。

ネットで、発売前の「stupid」のプロモを見た。

イマイチだと思った。1stアルバム中は疎遠になった。

でも、2ndアルバムのライブに、何となく行ってみた。もちろん一人で。

めちゃめちゃめちゃめちゃよかった。

また燃えてきた。

3rdアルバム(一番最近の)のライブで、

なんと高校時代に友だちとか彼氏のライブを見にめちゃめちゃ行ってたライブハウス(マッシュルーム)にバースデーがくることに。

そこで、mixiのバースデーのライブ行く人コミュで姫路に住んでるふーちゃんを見つけた。

同い年!気が合いそう!

声を掛けてみた。

友だちになった。

そのライブで、初めてチバさんをステージ外で見た。

初めて一列目で見た。距離はあと10cmで届いた。

一生忘れない。

ふーちゃんと2人で興奮してよろこびまくった。

やっと、やっと、ミッシェル、ROSSO、バースデーとかが大好きな友だちをみつけた。

いつかまたミッシェルを見たい。

そのときは、もうためらわずにライブに行く!と思った。

そんなある日の皆既日食の日、バースデーの秋のライブのチケット当選のメールがきた。

1~2時間後、アベさんが死んだってニュースをみた。

そして、私がミッシェルをみることは永遠にできなくなった。

おわり

つづけ

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25歳

25歳になった。

大人だ。

私が生まれたときの両親の歳は25。

うわー。

私はまだまだ親にはなれそうにない。

でも、そろそろ大人にならないといけないとは思う。

ハタチで成人式を迎えたけど、

ハタチはまだまだ子どもの歳。

世間から見ても、「若い子」の年代。

24までは。(私の感覚では)

でも、25になった途端、何か違いを感じた。

「若いから」では済まされない歳。

飲んで騒いで迷惑をかけて、は許してもらえない歳。

若すぎる格好が似合わなくなる歳。

ちゃんと、年相応に成長していこう。

…なんかプレッシャーだ。

11a

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0702

きれいな景色を描いた絵を見たとする。
きれいな景色が映った写真を見たとする。

「きれいな絵だな」
「きれいな写真だな」

と思うのと、

「きれいな風景だな」

と思うのと、

違いはその人の住む世界の大きさだと思った。

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絵を見たとき、写真を見たとき、
視界の2度ほどしかないその風景に
グンって入っていって、
200度ぐらいまで広げて見れるように
心掛けよう。

想像力。

そしたら絶対もっと楽しいから。

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